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岐阜地方裁判所 昭和32年(モ)102号 判決

債権者 松田[イ予]史こと松田芳男

債務者 有限会社丸信

参加人 株式会社東京シーライト化成研究所

主文

一、岐阜地方裁判所が、昭和三二年(ヨ)第三四号仮処分事件について、同年二月一四日にした仮処分決定は、これを取り消す。

二、債権者ならびに参加人の各本件申請は、いずれもこれを却下する。

三、訴訟費用中、参加によつて生じた費用は参加人の、その余は、債権者の各負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、「主文第一項にかかげる仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

(理由)

一、(被保全権利)

(イ) 債権者は、昭和二五年五月三〇日、出願がなされ、昭和二七年四月二八日、その旨の公告があり、同年八月二六日、塩化ビニール系重合物の名称で、登録がなされた実用新案権(登録第三九五五九四号、以下これを本件実用新案権という。)の登録権利者で、その権利の範囲は、「織布または編布等からなる手袋の表面に塩化ビニール系重合物を装着せしめてなる手袋の構造」(以下本件ビニールびき手袋という。)である。

(ロ) 本件実用新案権は、もと関東ゴム調帯株式会社のものであつたが昭和三一年五月一〇日、債権者は、同会社から、これを譲り受け、同月一六日、この旨の登録をおえたものである。

二、(債務者の権利侵害と保全の必要)

(イ) 債務者は、昭和三〇年七月以降、本件ビニールびき手袋と同一の手袋を製作、販売、拡布している。

(ロ) 債務者のかかる行為は、明らかに債権者の本件実用新案権を侵害するもので、債権者は、債務者にその侵害排除の請求権を有するものである。

債権者は、すでに、しばしば債務者に本件実用新案権の侵害を停止するよう警告したのであるが債務者は、これを肯んぜず、相い変わらず岐阜県附近の卸売業者と結託し、本件ビニールびき手袋の製作、販売、拡布を続けているから、このままでは、債権者の償い難い損害を受ける虞は、多大であると考えられる。そこで、債権者は、昭和三二年二月一四日岐阜地方裁判所に本件実用新案権侵害禁止の仮処分命令を申請し、同日、主文第一項のような仮処分決定を得たのであるが、この決定は相当で、いまなお維持する必要があるから、その認可を求める。ちなみに本件実用新案権に関する本案事件は、昭和三二年(ワ)第八〇号実用新案侵害排除事件として同裁判所に繋属中である。

三、(債務者主張の事実に対する答弁)

(イ) 債務者主張事実のうち、二の(イ)の点は否認する。従つて二の(ロ)(ハ)の点は、その前提を欠くものとして失当である。

(ロ) 債務者主張事実のうち、三、五、六の点は、いずれも否認する。

(ハ) 債務者主張事実のうち、四の点は認める。

四、(再抗弁)

(イ) (法定実施権抛棄の主張)

仮に債務者が、その主張二のように、本件実用新案の法定実施権を取得したものとしても、債務者は、既に、この実施権を抛棄しており、現在権利者ではない。すなわち、債権者、債務者間に本件ビニールびき手袋の製作、販売等について、いわゆる請負契約が締結されたことは、債務者主張四のとおりであるが、この契約締結に際し、債務者の右法定実施権は、同契約内容と矛盾するものとして抛棄された。

(ロ)(請負契約解約の主張)

債務者主要四のいわゆる請負契約は、昭和三二年一二月二日、債務者から解約を申し入れ、債権者も、同月八日、この申入を承諾したのであるから、有効に解約され、消滅に帰した。

第二、債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、主文第一項ないし第三項どおりの判決を求めその理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

一、(債権者主張の事実に対する答弁)

債権者主張事実ののうち、一の(イ)(ロ)及び二の(イ)の点は、いずれも、これを認める。

二、(法定実施権の主張)(抗弁一)

(イ) 川本信夫は、昭和二五年二月頃、本件実用新案と同一の考案に成功し、同年三月以降丸信という商号で、本件ビニールびき手袋の製作、販売、拡布の営業をしていたものであるから、昭和二五年五月三〇日、本件実用新案の登録出願がなされた際、現に善意で国内において、本件実用新案と同一の実用新案実施の事業をなしまたその事業設備を有していたものとして、本件実用新案の右登録により、この実用新案につき、右の事業の目的たる実用新案の範囲で、法定実施権を取得したものである。

(ロ) ところで、債務者は、右川本が前記営業を行ううち、同人において事業資金の獲得と課税負担の軽減をはかり、昭和三〇年七月、全く便宜的に、有限会社法所定の要件を充足せしめて設立登記をしたことにより成立した有限会社で、債務者の社員は、右川本の同族に限られていること、代表者である取締役は、同人の妻川本和子であること、商号も丸信であること等から窺えるように、その内容実質は、右川本の個人営業丸信と同様で、同人が債務者の事業一切を支配しているのであるから、結局、同人と債務者とは社会経済上同一視さるべきである。従つて、債務者が本件ビニールびき手袋の製作、販売等を行うのは、右川本がこれを、同人の前記法定実施権に基づいてするのと同一である。

(ハ) 仮に右(ロ)の主張が、法律上の根拠なきものであつても、右川本はその個人営業を有限会社である債務者に改組するにあたり、自己の本件実用新案実施権を、その事業と共に債務者に出資移転したものであるから、債務者は、有効に右法定実施権の権利者となつたものというべきである。

三、(約定実施権の主張)(抗弁二)

仮に右二の主張が認められないとしても、債務者は、昭和三一年九月、債権者から、本件実用新案について、実施の許諾を受け、これに対する対価として金五〇〇、〇〇〇円を交付した。従つて債務者は、本件実用新案につき、約定実施権を取得したものである。

四、(請負契約の主張)(抗弁三)

仮に以上の主張が認められないとしても、昭和三一年一一月、債権者債務者間に、債権者が、本件実用新案権に基づき、ビニールびき手袋をみずから製作して販売拡布する代わりに、これを債務者に指示して製作販売等をさせることを目的とする請負契約が締結されたのであるから、この請負契約によつて、債務者は、約定実施権を取得したか、または、右請負契約履行のために、適法に本件ビニールびき手袋を製作、販売すべき契約上の地位を取得したものである。

五、(権利濫用の主張)(抗弁四)

さらに、前記二に主張したとおり、右川本は、昭和二五年三月以降自己の考案によつて本件ビニールびき手袋の製作販売拡布の事業を行い、本件実用新案権登録後は、その当然の法定実施権者として適法に右事業を継続していたところ、債権者は川本と旧知の関係上、川本がいまだ本件実用新案の登録を受けていないことを知り、もつぱら右川本または債務者の事業を妨害する意図をもつて、債権者主張一の(ロ)のとおり、本件実用新案権を譲り受け、ついに本件仮処分申請に及んだものである。これは全く権利の濫用というべきである。右二ないし五の理由によつて原仮処分決定は不当であり、取り消さるべきである。

六、(権利喪失の主張)(抗弁五)

債権者は昭和三二年七月一日、本件実用新案権を本件参加人に譲渡し、昭和三三年三月七日、この旨の登録をおえたものであるから、いまや自己の実用新案権を主張すべき権限はない。従つて、原仮処分決定は、決定当時の適否は別として、口頭弁論終結時においては維持されるべきではない。

七、(債権者主張四の再抗弁事実に対する答弁)

債権者主張四の事実は、いずれもこれを否認する。

八、(参加人に対する主張と答弁)

参加人が、その主張のとおり、債権者から、本件実用新案権を譲り受けて、その登録をおえたことは、これを認める。(前記六にのべたとおり。)

その余の主張ならびに認否は、債権者に対するものと同一である。

第三、参加人の申立ならびに理由

参加人訴訟代理人は、参加人は、昭和三二年七月一日、債権者から本件の被保全権利である。本件実用新案権を譲り受け、昭和三三年三月七日、その旨の登録をおえたものであるから、被保全権利の承継人として、債権者、債務者双方に対し、訴訟参加をするとのべた外、債権者の右各主張をすべて援用した。

第四、(疏明)

一、債権者訴訟代理人は疏明として、甲第一号証、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第六号証、同第七号証の一、二同第八号証、同第九号証の一、二同第一〇ないし第一三号証、同第一四号証の一、二同第一五ないし第二〇号証を提出し、証人宮川秀雄、同森昌幸(第一、二回)同岡本秀三、同豊田利雄、及び同国枝行雄の各証言並びに債権者本人尋問(第一、二回)の結果をそれぞれ援用し、乙号各証中、同第六号証同第七号証の一、二同第八号証同第一五号証、同第一九号証、同第二〇号証、同第二二号証、及び同第二三号証の成立を認め、その余は不知とのべた。

二、債務者訴訟代理人は、疏明として、乙第一ないし第六号証、同第七号証の一、二同第八ないし第二三号証を提出し、証人加藤鉄次郎、同種田万男(第一、二回)同原寿造、同河瀬昇、同川瀬喜已子、同伊藤材治、同松岡勝子、同鹿野一夫、同高橋惣衛、同川本信夫、同河合達雄、同吉田門治郎の各証言を援用し、甲号各証中、同第一号証、同第二号証、同第六号証、同第七号証の一、二同第八号証、同第九号証の一、二同第一三号証、同第一四号証の一、二同第一六ないし第二〇号証の成立を認め、同第八号証を利益に援用しその余は不知とのべた。

三、参加人訴訟代理人は、債権者が提出した各証拠を援用し、乙号各証に対する認否は、債権者のそれと同じであるとのべた。

理由

一、本件参加の適否について

およそ、仮処分異議事件においては、原仮処分決定自体の当否についての審理がなされるほか、さらに異議事件の口頭弁論終結当時の時点において、なお原仮処分決定がそのまま妥当するかどうかについての審理も亦行なわれるのであるから、該異議事件に対し、そこで争われている被保全権利の全部または一部が、原決定当時から、自己の権利であり、かつ、これが保全の必要があると主張する第三者が、民事訴訟法第七一条により、いわゆる独立当事者として参加することの、許さるべきはもちろん、仮処分決定後、債権者から、仮処分の目的である被保全権利の全部または一部を承継したもの(承継による執行文の附記の有無にかかわらず)が、同法第七三条第七一条によつて、該事件に参加することも亦許さるべきものと解する。本件にあつても、参加人は、債権者から、仮処分決定ののち、その被保全権利の全部を承継したと主張して参加しているのであるから、この限りにおいて、本件参加は適法であるというべきである。かかる場合、もし、債権者において、参加人の右権利の承継を争い、該異議事件からの脱退を肯んじない限り、該異議事件は、ここに三面訴訟の型態をとるに至るべきところ、本件において、参加人がいまだ承継執行文の附記を受けないものであることと、本件参加後も債権者が依然異議事件の当事者として留まつていることとに欲すると、一応は、債権者、参加人間に、被保全権利の承継の有無をめぐつてなお争があるものとするほかなく、従つて本件異議事件は右参加によつて、いわゆる三面訴訟の構造をもつに至つたものというべきである。ところで、本件の参加申出書並びに同添付の資格証明書、訴訟委任状によると、参加人は、株式会社で、その代表者代表取締役は本件の債権者である松田芳男であること、並びに本件参加について債権者松田芳男が、参加人の代表者として、名川保男外三名の弁護士に訴訟委任をなして本件参加をなさしめていることが認められる。しかし、商法第二六一条の二第一項の定めるところによると、株式会社と取締役との間の訴訟については、その取締役がたとい代表取締役であつても、当然には会社を代表すべき権限はなく、あらためて、取締役会の定めるものが、会社を代表すべきものとされているところ、本件において、右松田芳男が、特に取締役会から会社の代表者に選任されたような事情も形跡も窺えないのであるから、右松田芳男は、参加人を代表すべき資格を持たないものといわざるを得ない。してみると、本件参加は代表資格のないものが、代表者として、これをなしたものとして不適法というの外なく、却下を免れない。

二、仮処分決定後の被保全権利の譲渡について

仮処分異議事件の審理は、ひつきよう、同事件の口頭弁論終結当時を基準とし、原決定が、なお維持さるべきや否やの判断をするをもつてその目的とするものであることは前にふれたとおりである。

従つて、債権者が、仮処分決定後その被保全権利を他に譲渡し、右基準時には、すでに被保全権利の帰属主体ではないという場合には原仮処分決定は、もはやそのままでは維持さるべくもないこともとよりである。ところで、成立に争のない乙第二三号証によると、債権者は原仮処分決定の被保全権利である本件実用新案権を、昭和三二年七月一日、株式会社東京シーライト化成研究所に譲渡し、昭和三三年三月七日、これが移転登録を完了したものであることを窺うことができる。してみると、他の争点について、判断するまでもなく、今や原仮処分決定は、これを維持するに由ないものとして、取り消すべきこととなる。

三、原仮処分決定自体の適否について

(前述一、二とは別に、すすんで、債務者が、本件ビニーびき手袋を製作、販売するについて、権利を有するものであるがどうかを考察し、原仮処分決定自体の適否を判断する。)

(イ)(債権者の本件実用新案権)

本件実用新案権は、昭和二五年五月三〇日出願、昭和二七年四月二八日出願公告、同年八月二六日登録されたもので、「織布または編布等からなる手袋の表面に塩化ビニール系重合物を装着せしめてなる手袋の構造」を権利範囲とするものであること原仮処分決定当時、本件実用新案権は、債権者に属していたこと、並びに債務者は、この新案権の登録権利者ではないのに、本件実用新案と同一の内容を有するビニールびき手袋を製作、販売、拡布していたものであることは、当事者間に争がない。

(ロ)(川本信夫の法定実施権取得について)

証人加藤鉄次郎、同種田万男(第一、二回)、同原寿造、同河瀬昇、同川瀬喜己子、同松岡勝子、同高橋惣衛、同河合達雄、同吉田門治郎、同川本信夫の各証言と、右河合、吉田の各証言によつて、その真正な成立を認むべき乙第一六号証、同第一七号証を綜合すると、右川本信夫は、昭和二五年一月頃友人高橋惣衛の紹介で、昭和一四年頃から、塩化ビニールに関する研究を続け、この点について造詣の深かつた種田万男を知り、同人から繊維品に塩化ビニールを簡単有効に塗布すべき方法の指導をうけていたところ、昭和二五年二月頃、塩化ビニールを手袋に装着する方法の考案(本件実用新案と同様の考案)に成功し、たゞちに、自宅を作業場とし、所要の設備を布設し、塩化ビニール、軍手など材料の供給源を確保する等、右種田の相い変わらない指導支援のもとに着々と市販にたえうる塩化ビニールびき手袋を製作する準備をすすめ、おそくとも同年三月頃には、右川本の製作した塩化ビニールびき手袋が市販されて、岐阜県下赤坂町の吉田門治郎らがこれを購入したこと、並びに以後も逐次その生産量を増大させ、需要の増加にこたえて販路を拡張していたことが一応認定せられる。この認定に反する証人宮川秀雄、同森昌幸(第二回)及び債権者本人(第一、二回)の各供述は措信することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠もない。してみると、昭和二五年五月三〇日、本件実用新案権の登録出願がなされる以前に、右川本は、本件実用新案と同一の内容を有する塩化ビニールびき手袋の考案、製作に成功し、そして右出願当時も善意で該考案実施の事業を、自己の事業設備によつて行なつていたものと推認すべく、他にこの推認をさまたぐべき事情もないのであるから、同人は、本件実用新案の登録がなされた昭和二七年八月二六日、これについて、実用新案法第七条所定のいわゆる法定先行実施権を取得したものと認むべきである。

(ハ)(債務者の法定実施権承継について)

そして、昭和三〇年七月、右川本がその同族らと有限会社たる債務者を設立するにあたつて、自己の前記個人営業当時の設備等一切を余すところなく、債務者に出資移転したものであることについては、債権者の明らかに争わないところ、このことと、前記(イ)認定の事実とをあわせ考えると、右川本は、この有限会社たる債務者の設立に際し、自己の事業設備一切とともにその法定実施権をも出資移転したものと認むべきであり、この認定を覆えすべき資料は他に存在しない。結局債務者は、実用新案法第二六条、特許法第五一条第二項、により有効適法に取得した右法定実施権に基づき、本件塩化ビニールびき手袋を製作、販売拡布することができるものというべきである。(なお、債務者と右川本とは、社会経済上、同一視すべきであるから、右川本の法定実施権は、すなわち、債務者のそれであるというに帰着する債務者の主張については、この主張自体、債務者が、右川本とは、法律上別個独立の人格たることを前提としているものであつて、債務者は、その成立にあたり、有限会社法所定の要件を現実に充足することなく、その要件を充足したもののように仮装して、設立の登記がなされたにすぎないから、有限会社として、有効に成立していないとか、あるいは、会社成立後、解散して消滅に帰したというのでもない。たゞ会社たる債務者が、その運営の実際において、右川本の独裁的支配に服しており、社会経済上、その前身である右川本の個人営業丸信と同一の観を呈しているというのにすぎない。従つて立法論として、かような事実上のワンマン会社にも容易に法人格を与えうる現行会社法制度には疑問の余地はあるにしても、解釈論としては、債務者の右主張を採用するわけにはゆかない。)

(ニ)  (債務者が決定実施権を抛棄していないこと)

昭和三一年一一月債権者債務者間に、本件ビニールびき手袋の製作販売等について契約が締結されたこと、並びにこの契約は、債権者が本件実用新案権に基づき、ビニールびき手袋をみずから製作販売する代わりに、これを債務者に指示してなさしめることを目的としたいわゆる請負契約(製作物供給契約)であることは、いずれも当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第八号証(該契約書)には、「債務者が従来本件ビニールびき手袋を製作販売してきたのは、確かに債権者の本件実用新案権と抵触するものであることを認める。」という趣旨の条項がある。これによると、債務者は、法定実施権を有すると否とにかかわらず、本契約の後は、法定実施権の主張を有効になしえなくなつたもののようにも考えられないではない。しかし、前顕川本、高橋の各証言によると、右契約締結の経緯は、前(イ)ないし(ハ)に認定した債務者の法定実施権に対し、債権者が異議をさしはさみ、ここに双方間に実施権の有無をめぐつて複雑な紛争が起きたので、債務者においても、これが解決に苦慮していたところ、債権者から、突然甲第八号証記載のような紛争解決案を示され、その内容文言を詳細に検討することなく、ひたすら、債権者の干渉異議を回避するに急な余り、債務者の右法定実施権の有無を決することによつて、この紛争の根本的解決を図ることはさしおいて、とりあえず、一応債務者に右法定実施権がないものと仮定し、その前提にたつて、紛争を一時的暫定的に解決するため、右契約の締結に賛同したものであることが一応認められる。前顕甲第六号証の記載も、この認定と何ら矛盾するものではなく他に右認定を覆えすべき証拠もない。従つて、右契約によつて、債務者がその法定実施権を抛棄したものとは認められない。

(ホ)  以上の理由によつて、債務者が、本件ビニールびき手袋の製作、販売拡布をしているのは右の法定実施権に基づく適法な行為というべく、これをもつて本件実用新案権の侵害であるとする債権者(並びにその承継人であると称する参加人)の主張は理由がないものといわなければならない。

四、結論

結局、当裁判所が昭和三二年二月一四日にした主文第一項の仮処分決定は、その理由がないから、これを取り消し、債権者参加人の本件各申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第七五六条ノ二をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村本晃 小西高秀 服部正明)

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